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さて、何日かするとすっかり元気になったアンナだったが、家からは一歩も出られなかった。

というより、出してもらえなかった。伯爵が今回の事件にひどく腹を立て、当分の間、家から一歩も出さない! と言ったからだ。

子供が内緒で、こんな危ない事にまで首をつっこんでいたんだから、親としては当然だろう。何せ二人は、危ない事なんて全然していない、と周りの人達をあざむいて、捜査を続けていたのだから。

トビイも怒られることを覚悟していたのだが、伯爵は許してくれた。自分の娘の性格をよく分かっていて、トビイがついていくしかなかったと理解していたからだ。

むしろ、トビイがアンナを守ろうと身を挺してがんばったことを聞いて、感謝の言葉をかけてくれた。首になるかも、と心配していたので、トビイはホッとした。

自宅謹慎を申し渡されたアンナだったが、しかし、この罰を喜々として受け入れた。

なぜなら、事件のことを聞きつけた新聞から手記の原稿依頼が来ていて、当分の間はその執筆で忙しかったからだ。今やアンナは、ロンドン中の有名人。事件を解決してロンドン中に名をはせるという、アンナの野望は達成されたわけだ。

その原稿は、家庭教師のミス・マーガレットがチェックした。ミス・マーガレットは大変おしとやかな人なので、二人の冒険譚(アンナによる、本人曰く「ちょっとした」誇張あり)を読んでその内容に卒倒しそうだったが、文章はしっかりしていて大変よろしい、と誉めていた。

それに気を良くしたアンナは、家中の者に手記を読ませた。

アルフレッドは、家を抜け出したくだりで、トビイのことをたいそう責めた。戸締りはアルフレッドの仕事だからだ。

マリアは、逆にとてもロマンチックだと、うっとりした顔でトビイを誉めてくれた。誉めてくれるのは嬉しいが、トビイにはロマンチックどころではなかったので、これはマリアの勘違いだと思った。

サリー・グレンジャーは警察に捕まり、事件の全貌が明らかになった。アンナに頼まれてお使いに出かけた新聞スタンドで、ハートリーにまたばったりと出会い、細かいところまで教えてもらった。

「結局、ショーン・ウォルターが元凶だったんだ」

ハートリーは言った。

「ウォルターは、女に次々声をかけ、だまして金を貢がせていたひどい男でね。他にゆすりもやっていて、それで、あの日のアリバイを言えなかったのさ。あの日はさる貴族に会って、金を脅し取ろうとしていたんだ。だから殺人事件に関してはシロだが、結局、そっちの方で捕まったよ。連続殺人事件はね、被害者の女の子達も、サリーも、全員ウォルターにだまされて、貢いでいた女の子達なんだ。サリーは自分の他にも、ウォルターに女がいることに気付いたんだが、あの子は田舎から出てきた子で、すれてなかったのが災いしたんだね。すっかりウォルターにのぼせ上がって、他の女が悪いと思いこみ、あんな事になっちゃったんだよ」

「そうだったんですか……殺されそうになった相手だから、こんな事言うと変だけど……なんか、かわいそうですね。そういえば、ハートリーさんは、どうしてサリーが犯人だと分かったんですか?」

「それは、僕の方が聞きたいね。君が気が付かなかったら、お嬢さんが第四の犠牲者になってたんだから。何で分かったんだい?」

トビイは、自分が気付いた時のことを話した。ハートリーは、ひゅう、と口笛を吹いて言った。

「すごいね、お見事。実は僕も、君たちが帰った後、あの三番目の事件現場に着いてね。サリーと話している時、まさにそれに気付いたんだ。調べてみると、犯人の足跡が窓枠にもひさしにも残ってなかったし、となると、犯人を見たというサリーの証言はうそ。怪しいのは、そんなうそをつき、おかしな返り血を浴びてるサリーだ、という事になる。ひげ面の大男が変装じゃないかっていうのは、前から疑っていたからね。足跡が特徴的でね。足元がどうも不安定で、しかも踵の入り具合から、かなり厚底のブーツ、要するに上げ底で、身長をごまかしてるなと思ってたのさ。それまではサリーの狙い通り、まさか女だとは思っていなかったけれど、彼女が犯人だと仮定すれば、全部の謎に説明がつく。後はウォルターの線を洗い出して、かがせた薬の入手経路を調べ上げて、彼女だと確信したわけだ」

「うわあ……やっぱり、本職の人は違いますね」

トビイは、すっかり感心してしまった。トビイ達の捜査に比べて、なんて緻密なこと。

「いやいや、これは長年の訓練だよ。初めての君がそこに気付くなんて、実際、たいしたもんだよ。どうだい、本当に僕の所で働いてみるかい?」

「それ、お嬢様には絶対に言わないでくださいね。ホントにむきになりますから」

それを聞いて、ハートリーは笑っていた。

屋敷に戻りサリー・グレンジャーの話をすると、アンナもやっぱり、かわいそうだと思ったようだった。

「そうなの……。やったことはひどいし、罪は償わなければいけないけど、それを聞くと、同情するわね。そんな男に出会わなければ、普通に暮らしてたかもしれないのにね」

「そうですよね」

「私も気をつけなくちゃ。変な男に引っかからないように」

そのアンナの言葉を聞いて、マリアがからかうような口調で言った。

「あら、お嬢様も、殿方が気になるお年ごろですか?」

「やーね、マリア。今すぐじゃなくても、何年かしたら、私だって社交界デビューするのよ? そうねえ、未来のだんな様は……」

ちょっと頬を赤らめ、すねたような口調で答えかけたアンナは、一瞬ちらりとトビイに視線を泳がせたあと、言葉を続けた。

「未来のだんな様は、やっぱり優しくって、それでいて頼れる人がいいわね。でも、大丈夫。私、人を見る目には自信あるから!」

お嬢様の未来のだんな様はきっと大変だろうな、とトビイは思ったが、言わないでおいた。

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午後の日差しが柔らかく差し込む勉強部屋で、トビイは机に向かっていた。読むのに比べて、書くのはまだ少し苦手だったが、こうして記録をつけ続けて、それもだいぶ慣れてきた。

『これで、お嬢様と僕の最初の冒険のお話を、終わりにしたいと思います。

実は、僕としては、犯人逮捕に役立てたのは嬉しかったんですけど。

かなり大変だったので、もうこれっきりにしたいと思ってました。

なのに、お嬢様ったら、全然こりずに、この後も無茶ばっかりして……』

書きながら脳裏をよぎった、大変だった事件の思い出に顔をしかめていると、扉の向こう、廊下の奥から自分を呼ぶ声がする。

「あれ、お嬢様が呼んでる……。はーい、なんですか、お嬢様。……え? また事件ですか?」

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