書籍・雑誌

2022/06/15

フラダン

フラダン (古内一絵・著)を読みました!

工業高校2年生の辻本穣(つじもと・ゆたか)は、陰湿な雰囲気の水泳部に嫌気がさして退部。しかしその原因となった部員がクラスメイトで、事あるごとに嫌味を言われ、鬱々とした気分で過ごしていた。

そんな穣のもとにやってきたのは、空気をまったく読まない系女子、澤田詩織(さわだ・しおり)。彼をフラダンス愛好会にスカウトしに来たのだと言う。まったく経験もないのになぜという穣の問いに、体目当てときっぱりと言う詩織。こんな怪しい勧誘には乗れないと抵抗する穣だったが……。

こうして序盤のあらすじだけ書くと、変わった題材を扱っている部活物のように見えますが。

それは間違いではないのですが、そこに加わる一つ重要な背景があります。それはこの作品の舞台が福島だということ。

原発事故から5年経った頃のお話。ほとんどの登場人物が被災者です。

そして福島県といえば旧・常磐ハワイアンセンター、スパリゾートハワイアンズのあるところです。そこのフラダンスのショーをやろうとがんばった人たちを描いた映画『フラガール』も有名です。

この福島という土地に関連する二つのことを、うまく絡めた作品となっているのです。

最初は変人に囲まれた穣が苦労しながら、だんだんとフラダンスにのめり込んでいく様子を書いており、それだけでも十分面白い出来なのですが。

その最中にいろいろと蒔かれていた伏線が、被災した過去が浮かび上がってきたときに一気に芽を出し、作品に深みを与えます。

クライマックスのフラガールズ甲子園のシーンが、とてもいいのです。僕はうまく計算された伏線が大好きなタイプなのですが、愛好会の名前『アーヌエヌエ・オハナ』、ハワイ語で「虹の家族」が、ストーリー的にとても重要な意味があり、クライマックスでバーンと使われているところにめっちゃ痺れました!

キャラクターも個性的で生き生きとしていて、本当に面白かったです。良作。

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2022/05/02

パラ・スター〈Side 宝良〉

パラ・スター〈Side 宝良〉(阿部暁子・著)を読みました!

パラ・スター <Side 宝良>

高校の時の交通事故で半身不随となり車いす生活になった君島宝良(きみしま・たから)。親友の山路百花(やまじ・ももか)のおかげで目標を取り戻し、厳しいトレーニングの末、車いすテニスの選手として東京パラリンピックの有力候補となるまでになっていた。

ところが最近、宝良は絶不調。パラリンピック代表は他の人の方がいいのではないかと陰で言われる状態になっていた。それには、これまで二人三脚で歩んできたコーチとの別れがあって……。

前の巻は百花の視点。この巻は宝良の視点。障害者である宝良本人が主人公なのですが、むしろ障害というテーマが薄まっている不思議な感じがあります。

宝良本人が障害者として苦労しているシーンもありますし、車いす生活になってしまったみちるちゃんがそのために友人関係に悩むエピソードもあり、書いていないわけではないのです。ちゃんとお話のテーマとしてしっかり扱われています。ですがそれ以上に、アスリートとしての宝良の熱量がすごい。

新しいコーチと組むとなった時のセリフなんか、もうしびれるもん。

「最上さんと戦った時にしたことは本当に苦し紛れだった。でもそこに少しでも可能性があるならそれを伸ばしたい。あんな無様な戦い方は、もう二度としたくない。コーチが病気になって動揺してたとか、そんなのは敗けていい理由にならない。だって私は、大会の初戦の日に雪代コーチが死んだとしてもきっとコートに立つ。コーチだけじゃなく、たとえそれが親でも、一番大事な友達だったとしても」
 人間性を疑われたとしても仕方ないことを言っていると自覚はあった。それでも志摩は顔をしかめることも、笑うこともなく、こちらを見つめ返す。
「だから私に何が足りなくて、それを得るために何をするべきか、志摩さんに見えるものを教えてください。何だってやります、強くなるためなら」

こういう覚悟で、この後熱戦が続くのです。もう最後の試合なんか、本当に手に汗握る展開です。想いの密度がすごくて、涙出た。

最高のスポーツ小説を読んだ。そういう感想で読み終えたのでした。

本当に傑作だよ!

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2022/04/26

パラ・スター〈side 百花〉

パラ・スター〈Side 百花〉(阿部暁子・著)を読みました!

パラ・スター <Side 百花>税込594(2022/04/25時点)

車いすのトップメーカー藤沢製作所に勤める山路百花(やまじ・ももか)は、一つ夢を持っていた。それは中学からの親友の車いすテニスプレイヤー君島宝良(きみしま・たから)に、自分の作った車いすを使ってもらって、一緒にパラリンピックに出ること。

ただし百花はまだ全然駆け出しで、それに比べて宝良は日本代表にも選ばれるようになった期待の星。どんどん開いていくその差に百花は焦る。そんな時、一つの依頼がやってきて、百花にとってはチャンスとなるのだが……。

最近がんばってアウトプットを増やしていたら、今度は逆にインプットが減ってしまっていて、これはイカンなと思ってたので、とあることをきっかけにして読んでみようと思った作品です。

事前の印象は実はあまりよくありませんでした。ブンガクにも「扱うべき題材とその書き方」みたいなものがあるじゃないですか。それで苦労してるので、ぶっちゃけそういうものに対する心象がよくない。障害とかですね、いじめとかですね、あらすじを見ると「まあ、企画通りやすいのはその辺だよね」と、ちょっとひねくれたくなるのです。作品の問題ではなくて、僕の心が荒んでいるという話なんですけれども。

しかしこの作品は、そんなひねくれた見方を吹き飛ばす、素晴らしい出来栄えでした!

前述の通り、ひねているのは「題材と書き方」に対してなんですよね。「安っぽい綺麗事言ってんなよ」と言いたくなる。

けれどもこの作品には、それが一切なかった。

そういう出来事が、しっかりとキャラクターの人生の中に取り込まれていて、安っぽい解決なんかまったくしていない。困難から立ち上がる、その熱量が、あふれんばかりに書き込まれています。キャラクターが生きてるってこういうことだ。過ごしている人生の濃さが、本当にすごい。ぐいぐいと引き込まれていきました。

「それだけ大きな困難なんだから、それに立ち向かう様をちゃんと書けば、本当に面白いんだよな」と、僕の荒んだ心が読後には清らかになっていたという傑作でした。

みちるちゃんのところがねえ、めっちゃいいんですよ。

そして宝良側から書いた続巻があって、こちらがまた素晴らしかったのですけれども、それは次回。

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2021/07/18

夏が来なかった時代

夏が来なかった時代 歴史を動かした気候変動 (桜井邦朋・著)を読みました!

こちらは直近の作品の資料ではなく、先々書いてみたいなという作品の土台調べ。気候変動が歴史に影響をもたらしたのではないかという話。

太陽活動の影響で、気候がぐっと寒くなった時期として有名なのが、マウンダー極小期。なにが極小なのかというと、太陽表面の黒点活動です。太陽の黒点は太陽の磁場の動きによっていて、活動の活発さの指標になるのです。黒点の数がガクッと減った1645年から1715年には、気候は全体的に寒冷化。ロンドンのテムズ川が凍って、スケートできたりしたとのこと。

ただ、こちらで中心として扱っているのはそのあと。極小期を脱したあと、1770年代から1830年代にも寒冷化がありました。これに影響したのではないかと言われているのが、火山の大噴火です。アイスランドのラキ火山が1783年に大噴火。さらに日本でも同年、浅間山が大噴火しています。これで鬼押出しとかできたんですよね。

元々寒冷化していたところに、巨大噴火が相次いで成層圏に塵が滞留、日照を遮りさらに冷害がひどくなりました。世界各地で飢饉が発生しています。日本は天明の大飢饉。そしてヨーロッパでも飢饉が発生していて、それがフランス革命の原因になったのではないかという説があるのです。

面白いなと思ったのは、そういう歴史の流れが、芸術の中にも見られるのだという視点でした。当時の絵画で、空の色が赤っぽいものがあるのは、絵としてのアイディアではなく、大気中の塵のせいで実際にそういう色だった。やたら曇り空の絵が多いのも同様。実際に天気が悪かった。画家たちは見た通りに描いていたのだという話です。

僕は学生の頃、歴史にさっぱり興味が持てなかったタイプなのですが、こういう科学的な視点から説明されると、面白いですね。土台調べはさらに続行。

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2021/07/05

三人寄れば、物語のことを

三人寄れば、物語のことを (上橋菜穂子・荻原規子・佐藤多佳子・著)を読みました!

こちらは上橋菜穂子先生、荻原規子先生、佐藤多佳子先生と有名な児童文学作家3人の鼎談集です。元々普段から交流のあるお三方だそうです。

上橋先生の精霊の守り人シリーズの『天と地の守り人』文庫化記念の企画が最初。その後、荻原先生の『RDG レッドデータガール』完結記念、そして佐藤先生の『シロガラス』刊行記念で鼎談をして、一冊にまとめた、という本です。

ちなみに、うち二冊は読んでて、感想書いてますね。『天と地の守り人』。『RDG 6 レッドデータガール 星降る夜に思うこと』。

せっかくだから、もう一冊の『シロガラス』も今度読んでみよう。

一番興味深かったのは、お三方とも「キャラが勝手に動く」という話をしていること。これは作家の間でよく言われることで、しばしばキャラクターがストーリー上の計算から離れて、あたかも本当に生きているかのように勝手に動き出す現象。これは悪いことではなく、むしろそうなった作品はうまくいくという話。

勝手に動き出すと言っても考えているのは作家本人なので、実際にはキャラクターをしっかりつかめているので、リアクションを無理にひねり出さなくてもすいすい浮かんできて、連鎖的に話が進んでいく、という現象なんだと思うのですけれども。僕も初連載取ったケッタ君は、最初は全然ネームが通らなかったけど、じゃが丸さんが生まれてコンビが誕生してから「勝手に動く」状態になって、コンペを勝ち抜けたのでした。

さらに「勝手に動く」が、ただの暴走ではないというのもポイントです。お三方とも、「どこまで書くべきか」という話も一緒にしています。キャラは動くので膨らませようと思えばいくらでもできるけど、これはどんなお話かということを考えて、あえて書かない。そういう判断が同時になされている。

物語を一つの流れとして進める部分とまとめる部分。奥深い話ですねえ。

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2021/06/09

世界幻妖図鑑

いつもの出かける仕事が休みな今週前半。しかしそこに他のお仕事が入ってきています。昨日は一日作画仕事。そしてまだまだやることは山積みです。

けれど、貸し出し期限が来ちゃうということで、資料本を読み終えて図書館に。

真夏日の炎天下に出かけるのが嫌だったので、夕方ちょっと雨が降って日も落ちて涼しくなってから出発。在宅仕事はこういう時に融通が利いていいですね。昼間に、ネット書店で買った本の宅配が来たのですが、扉を開けた途端に熱風が吹き込んできて、宅急便の人に申し訳ない気持ちになりました。

図書館で借りるのは「手当たり次第に読む」系の資料です。全体のイメージをつかむとか、もっと面白いアイディアがないかなとか、最初に企画を立てる段階で読む本。

借りていたのはこちらでした。『世界幻妖図鑑』。大判の本で、絵本寄りなカラーイラストが楽しい本。企画の方向性からすると、この本の内容はちょっと違っていたのですが、イメージを刺激するにはぴったりで、読むといろいろ想像がはかどりました。

アウトラインは見えたので、そろそろお話の形にまとめあげていく頃合ですかねえ。

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2021/03/05

電子と暮らし

電子と暮らし(西島大介・著)を読みました!

2/21のHON.jpブロードキャスティングにゲストで来られた西島大介さん。ブログにも書きましたが、その活動がとても興味深かったので、紹介された本を買って読んでみたという次第。西島さんがイタリアからの出版オファーを契機にして、自作の権利を自分で管理し、個人出版していく体験記です。その時その時に考えたこと、感じたことが記されていて、とても面白く読めました。

さらにこちらの本は次の週のゲスト、竹田信弥さんの双子のライオン堂書店からの出版です。そちらでも、自ら情報発信していく、これからを生き残ろうとする書店の姿に感銘を受けていたところでした。

つまりこの本は、僕がここによく書いていることに関連している。それは次世代の出版の形。小さいサイクルで個人がなんとかするという形です。

本との出会いの主戦場がリアル書店の店頭からネット上に移っていっている現在、ネットの性質上、売れるものはどんどんピーキーになっています。バズって話題になったものがわっと売れ、そうじゃないものは埋もれる。そうした状況下で目先の売れるものを追っていくと、後追い後追いになって先細ってしまう。次の当たりの種を確保するためにも出版の多様性は重要で、それを維持するためには、採算ラインを下げる必要がある。埋もれた状態でも一応回る、ダウンサイジングした小さなサイクル。

大きな出版社は体力があるので、自社内で売れてるものとそうじゃないものがバランスしていればいいのですが、もともと小さいところが担っていたジャンルは、これを考える必要があると思うのです。

さて、そういうことを考えている中で、この本を読んで特に感銘を受けたのが2カ所ありました。

一つは『その2 合言葉はネグレクト』の中に出てきた、「作品は資産」という言葉。

そういえば、メールのやり取りと顔合わせ以外、僕はこれといった仕事はしていない。1ページもマンガを描かず、作品を右から左に動かしただけ。その時初めて「作品は資産」と気がついた。そして僕はありがたいことにけっこうな冊数をこれまで刊行している。過去に国内で売り上げが芳しくなかったとしても、ほったらかしでも、それは資産。

多分これはビジネスだ。僕にとって初めての資産運用が始まった!

イタリアからのオファーに対応していて、自分の作品群の秘められた可能性に気がついた西島さん。電子書籍に自分でまとめようと思い立ち、考えていく中で、電子書籍には、とりあえず無料で読んでもらって「続きをもっと!」という状態に持っていくため、次々と読みたくなる読み心地とある程度まとまった冊数が重要だという考えに至ります。セールを機会に入ってくる人が多いため。そうなると、自分の過去作品のストックが効いてくる。

確かに電子書籍には、続きが気になるとつい衝動買いしてしまう、簡便さからくる魔力があります。まとめ買いも容易です。そう考えると作品をため込むことは重要そうです。「資産」という言葉はそれをイメージしやすくていいですね。

もう一つが『その52 公人は私腹を肥やす?』の中に書かれていた文章。

今までも、そして多分現在も、僕は完全に「私的な動機」でマンガを描いている。(中略)「出版」の英訳は「パブリケーション」。公にすることが出版社の役割。僕はそれを個人で、電子書籍でやろうとしている。

極めて私的な動機や体制で制作されながら、それがとてつもないポピュラリティを生む、そうな素晴らしい作品や奇跡のような現象はたまにある。正直羨ましい。

そういうものを、いつか生み出されたらなといつも願っているけど、現状は「じゃ、勝手にやれば?」と誰にも相手にされていない状態。だから僕は作品という「私」を、出版社ではなく自分自身で「公」にする必要がある。

自費だとか非流通だとか、コミケとかアートブックフェアとか、ISBNがあるかないかではなく、「セルフ・パブリッシング」って本当はそういう決意のことだ。たぶん。

うむ、そうだ。自分でやったるぞという決意、それがセルフパブリッシングの本質。

僕もやったるぞと、決意を新たにしたのでした。

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2019/02/27

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 12

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 12 (大森藤ノ・著)を読みました!

レベル4にランクアップし、神会で新しい二つ名も与えられたベル。ベルの能力が上がったことにより、戦力が向上したと判断されたヘスティア・ファミリアもランクアップ。ギルドから強制任務が与えられる対象となった。

その任務の内容は遠征。ダンジョン探検をさらに進めろということ。親しい派閥と合同パーティを組み、まだ行ったことのない下層進出を狙うベルたちの前に、想像もしていなかったイレギュラーが現れ……。

新章突入はまず基本に立ち返った感じのエピソード。ダンジョン探検です。そして当然、危機がやってきます。その中でベルの成長を見せていくのも、物語の基本に立ち返った感じです。

ただ、完全に同じことの繰り返しではなく。

新たな目標を見据えたベルの精神的な成長や、それについていこうと、新たなポジションで成長するリリなど、ちょっとずつ変化した要素が加わります。

基本と変化はどちらも作品には必要で、それが程よく混ぜられていることが大切。大きな変化を書いたあとに基本立ち返りつつ、新たな側面も見せる。

そして安定のクライマックス。感情的にうわーっと盛り上げるのが本当にうまい。

そして最後には、今度はまた大きな変化を予感させる引き。これまたうまい。続きが気になる。

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2019/02/26

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 11

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 11 (大森藤ノ・著)を読みました!

フィーネを助けるために冒険者たちに手を出してしまったベル。しかしその事情を明かすことはできないため、金に目がくらんだと誤解され、その評判は地へ落ちる。近しい人たちに話すこともできず、急成長する大型新人として世間の期待が大きかった裏返しで、街の人々の厳しい視線に晒される。

ベルに助けられたモンスターたちもまた、苦境に陥っていた。ダンジョンに帰りたいけれども、そこへの道筋は冒険者たちに抑えられ、無傷で通ることは叶いそうにない。その状況を打破するために、またベルたちに協力を求めることになり……。

前回、9、10巻をに続いてのエピソード。章は通しになっていないけれど、3巻構成でした。

人間と同じように考え喋るモンスター『異端児(ゼノス)』たちと関わり、苦しい立場に立たされているベルとヘスティア・ファミリア。しかし一度彼らのことを知ってしまっている以上、見捨てることはできない。

そこに対立するのはロキ・ファミリア。今まで散々書いてきたので、彼らの強さは読者にがっちりしっかりと伝わっています。特にこのエピソードの前の短編集で書かれた、ロキ・ファミリアの団長、勇者フィンの思いが効いています。

彼が冒険者を続けている理由が書かれていたため、ここでの立場の違いが鮮明になり、対立するしかない。

どうやって囲みを突破するのか。自然、手に汗握る展開になるのです。

長く書かれた長編は、こうしてそこまでのエピソードを伏線として使える。積んできたものが効いてくる。

物語の醍醐味だと思います。面白かった!

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2019/02/17

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 9・10

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 9・10 (大森藤ノ・著)を読みました!

19階層でモンスターの異常出現が起こり、たまたま居合わせたために討伐に駆り出されたベルたち一行。速さが売りのベルは、速度重視の臨時パーティーに組み込まれ19階層に向かうが、不慣れな階層で仲間を見失い、はぐれてしまう。

そんな時に、片足を引きずり、何かから逃れようと物陰に隠れる人影を見かける。負傷した冒険者かと思い近寄ると、そこにいたのはモンスター。しかし、少女に似た姿をし、しかも人語を話す。怯えて涙を流すその竜女の少女を、ベルはつい、追手からかばってしまい……。

かなり厳しいテーマに突っ込んでいったなと思った上下巻でした。

この手のファンタジー小説は、ゲームなどに紐付いた共通理解を土台にしています。例えばモンスターの種類とか、亜人と呼ばれる異種族、職業など社会構造、小物の設定に至るまで、ある種の常識ができている。

この巻の前まで、モンスターの扱いはずっとそうでした。むしろ、ものすごくゲームに寄せていた。ダンジョンの中でそこらから生まれ、やっつけるとさあっと崩れて姿を消す。経験値稼ぎにバンバン殺していい存在。

それがしゃべり、意思を見せたとたん、「殺しちゃっていい、軽い存在」という共通理解が崩れます。殺すことに意味が出てしまう。

このジャンルは共通理解で作られているからこそ、そこでのアレンジや逸脱が腕の見せどころですが、その中でも特大のとこに来たな、と感心しきりなのでした。

あと、この手のジャンルという意味で言うと、第10章の挿絵、すごくいい絵だなと思いました。ライトノベルは表紙、口絵が特徴で、キャラクターを印象付けるのに、そこが大いに力を発揮しているのですが。

中の挿し絵がここまで印象深いのはなかなか記憶にない。ベルの苦しみと決意が伝わってくる、とてもいい表情でした。

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