コミティアとAIと手作り作品の期待値
1/21にコミティアの生成AIに対する方針が更新となりまして。
使うことをかなり厳しく制限されました。
まあコミティアのアイデンティティを考えたら、そうなるよなあという感想。コミティアは2次創作ありのコミケに対して、オリジナルオンリーを謳う同人誌即売会です。オリジナリティについては人一倍敏感でなければなりません。
さてこれについてしばらくしてから、Xで嘆きのポストが流れてきて、それについての議論を見かけるようになりました。
嘆きの主は文章書きの人のようで、表紙の生成AI使用を禁止されることを嘆いていました。議論を追っていくと、補助ならOKとするAIの表紙使用を禁止したのは、表紙が主体と言ったも同じだ、文章の軽視だ、と噴き上がっている人もいるのですが、この辺はややこしいから置いといて。
両方やってる身としては、ああいうチラ見で買うかどうか判断する場では、表紙のクオリティがめちゃでかいということも身に染みているので、嘆く気持ちもわかります。
さて、ここで一つ気になったのは、読者はどうなのかなあということです。
読者と言っても千差万別、AI使用をまったく気にしない人からアンチAIの人までいろいろな人がいるでしょうが、コミティアという括りではどうなのか。
というのもですね、僕自身が複雑なポジショニングで。
科学技術の発達に対して寛容な科学ファンなので、AI使用も便利な道具ができたという感覚。
でも自分で使うかというと、そんなに使う気は起きない。なんだかんだで書くのが楽しいので、それを手放すのが惜しい。プロット作りに使う気もしない。そこも楽しいところでしょと思っている。背景はありかもなあ、ぐらい。
仕事として考えると、クオリティを上げるとかスピードを上げるとか、書く楽しさを上回る要求がある場合が考えられるのですが。
でもビジネスとして考えたときにも、売れ線目指して散々うまくいってない自分は色気出してもだめだ、スモールビジネスで考えないとと思うので。
そういう手作り感を貫いたときに、それを美点と思ってくれる読者の人がどれくらいいるのかなという視点で、この問題に注目しているのです。
例えば蕎麦屋とラーメン屋で、手打ち麺かどうかの評価ポイントはかなり違う。そういうのはお客さんが作っていると思うんですよね。だから手打ち蕎麦的な商いがあり得るのかどうか。
ちなみにこんな記事も見かけました。
星新一賞、AI作品が上位独占 文学とは何かを問う 日本経済新聞2026/3/8
SFショートショートの星新一賞。応募1923作品中474作品、最終選考10作品中の半分、受賞4作品のうち3作品でAIが使用されたそうです。使った方が成績いいね、これ。
SF読者はAI使用と親和性高いのではと思うんですよね。これもどの辺になるのか。気になりますねえ。
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