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2024/06/11

日本テレビの村の掟

ドラマ化に当たって原作者の意に添わぬ改変を繰り返し、とうとう原作の芦原妃名子先生が脚本を執筆。それに不満を覚えたドラマ脚本家相沢友子氏がインスタグラムにコメント投稿、事実と違うと芦原先生が反論投稿して大騒ぎになり、とうとう芦原先生が自死する事態となった『セクシー田中さん』の問題で、日本テレビと小学館双方から調査内容が発表されました。

これに関しての僕のスタンスは以前書いた通りで、そもそも論として著作者人格権の侵害なので言い訳のしようがないはずだ、というもの。

その観点からこの問題を眺めていて、根深いなと思ったことが、本日の記事の主題です。

報告書で出た細かいところに関しては、あまり何かコメントしようという気はありません。なぜかと言うと前述の通り、そういう話じゃないだろうと思っているからです。

原作者の意見がちゃんと伝わってなかったのではとか、そういうレベルの問題じゃない。そもそも原作改変がありだと思ってるのがおかしい。

大幅改変しないと使えないような原作であったら、そもそも企画を立ち上げるべきではなく、原作ついてたらスポンサーがつきやすいとか、企画通りやすいとか、そういう便利ツールとして原作の名前を使っていいわけじゃねえんだっていうことが何でわからないんだこのクソ野郎。

という感想なわけですよ。

ところがですね、ここが本当にわかってないっぽい。ちらほらとテレビ業界寄りの人から出てくる意見で、脚本家に伝わってなかったんじゃないかとか細かい弁護が入ってるんですけど、ぐちゃぐちゃにいじれると思った時点で同罪なんですよ。リテイクが繰り返されている時点で、原作者の意に沿ってないなということはわかったはずですからね。

お前の能力不足でオリジナルの企画が通らないのがいけないんだっていう反省が足りてねえよ。

さてしかし、問題はここではとどまらず。

これと同時期に日本テレビのXへの投稿が話題になっていました。雲仙普賢岳の大火砕流から33年、という投稿です。

これもう、40代より上じゃないと見た記憶が残ってないんですね。月日が経つのは早い。九州・島原半島にある雲仙普賢岳に噴火活動が起きたのが1990年。マグマの性質的に粘り気が非常に強く、すぐに流れ出さないものだったので、火口に大きな溶岩ドームができ、それが連日ニュースになっていました。本当に山がにょきっと伸びたんですよ。

この報道をするために報道やテレビ局の人間が立ち入り禁止区域に入り込み、さらに避難して無人になっている人の家に勝手に上がり込む、電気を勝手に使うと、犯罪行為を平気で犯していたのです。そのため現地の消防団が警戒に入り、また禁止区域内にタクシーを使って乗り込んでいたりしたために、溶岩ドームが崩れ火砕流が発生した時に、その人たちが巻き添えになって死んだという事件がありました。

投稿はそれに触れておらず人ごとのように書いていたために、そこにコミュニティノートがつきました。さらに問題なのは、この後。

その投稿をした日テレのアカウントはコミュニティノートがついた投稿を削除し、もう一度投稿し直し、またついたのでさらに削除し、もう一度今度はちょっと文言を変えて投稿、という行為に出たのです。

広報部から間違って消してしまったというコメントが出ましたが、それだと二回目が説明できません。言い訳ですね。

これは非常に悪い手だと思います。反省してないんだなこの人たち、という印象になるからです。

現在SNSには、誰もが情報を上げられるようになっています。そのように珠玉混交な情報があふれている環境では、ジャーナリズムには高い信頼性が求められています。この人たちが書いていることなら本当だという信頼がなければ、わざわざ見たり読んだりする時間を使おうとは思えません。

ところがそこで、人間性を疑われるような行為を平気で犯している。こんなやつらがまともに取材してるんだろうかという疑問を抱かれる。実際マスコミの取材手法はよく批判されていますが、改善されている様子は見えません。正義漢面して自分は法を守らない、そんな奴が信頼できるわけないじゃないですか。そういうビジネス上の大問題なはずなのに、マスメディアはあまり気にしていません。

このような無神経さは、やはり会社内がそういう雰囲気だからなのでしょう。そしてそれが、この二つの問題をこの記事で並べてみた理由でもあります。

「番組を作るためなら、多少権利を踏みにじっても、法を犯しても仕方ない」そういう感覚が共有されている。言わば『村の掟』がこの国の憲法や法律よりも上位に来てしまっている。テレビ業界の人が、業界の内情的にこれは仕方ないんだ、という援護をしていたのも、同じ根っこなんだろうなと思いました。

まあでも、これはよくあることではあるとも思います。起きて仕事行って帰ってきて寝て起きてまた仕事、という生活を繰り返している現代日本人は、自分で考えているよりも狭い世界に暮らしている。だから仕事場で独自の考え方がすぐに煮詰まっていき『村の掟』が生まれていく。僕は、右足はこっちの世界、左足はこっちの世界というような、またいだ生活をしているので、わりとよくそういうことを感じます。

ただ、この『テレビ村の掟』には大きな問題があります。顧客である視聴者の支持を受けていません。外の人から見て納得できるものではないのです。それを感じ取れない鈍さと業界の硬直性は、このままテレビ局のビジネスに悪影響を及ぼし続けるんだろうなあと思ったのでした。

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