講談社のフィルムパックと書店文化
月曜恒例HON.jp News Casting。今回のゲストはイラストレーターの村田善子さんでした。本の表紙の絵などを手がけていらっしゃって、後半の内容がそのお仕事について。この回のタイトルになっています。『本の内容と装画の距離感』。
前半取り上げた話題にも、本の装丁周りの話が。僕が気になったのもそちらです。文庫本の「フィルム包装」を「変えてほしい」 書店現場から困惑の声…講談社に見解を聞く J-CASTニュース 21/4/30
講談社が講談社文庫と講談社タイガの二つのレーベルで、新刊をフィルムパックした状態で出荷するようにしたとのこと。それに対して青山ブックセンターの書店員さんが反対のツイートをして話題になったという記事です。
フィルムパックの目的として挙げられているのが、4月から義務化された本の総額表示に対する対応です。本に書かれている定価を、税込価格で表示しなければいけなくなるということが、以前から話題になっていました。
消費者の立場からすると、実際に払うお金がはっきりと表示されている方が分かりやすいのですが、本の場合には問題が発生。スーパーで売っている生鮮食品のようにすぐ売れるものならまったく問題ないけれど、本の場合、長い時間をかけて売るというビジネスモデルになっていて、一部の大ヒット本を除いては商品の回転サイクルがとても遅いからです。
本に巻かれているカバーが、本のそういう売れ方を物語っています。あれは、出版社の倉庫から既刊を再出荷する時に、カバーだけ替えれば古い本でも新品のようにピカピカになるという作戦だと聞いたことがあります。新刊の時に売れなくて返本された本も、そうやって長い時間をかけて売っていく。
そのような性質のものなので、途中で消費税が変わってしまうと、とても困る。実際に、消費税をまた上げるのではないかという噂はちらほらとありますしねえ。もし税込み価格で印刷してしまった場合、表示価格がおかしくなってしまいます。今までは本体価格+税でもよかったのです。
ということで、それを避けるにはどうすればいいのかと、かなり話題になっていました。僕が知った中で一番面白いなと思ったのは、カバーの折り返しのところに税率1%刻みで税込み価格を印刷しておくという方法。それならかなり長い期間もちます。
番組中では批判的な意見だったのですが、フィルムに税込み価格を印刷という講談社のこの作戦も、税率が変わった場合にはそこだけ直せばいいので、僕はなかなかいい手だと思います。もともと講談社の漫画単行本で先行していた施策とのこと。
さて、本日の僕が考えたことの肝心かなめはここからです。記事のきっかけとなった書店員さんのツイートもそうですし、番組中の村田さん、仲俣さんの発言もそうなんですけど、批判の背景について、ここがけっこう重要なのではないかと思いました。これは書店文化の話で、それはもう出版文化と完全に重なってはいないのではないかということです。
この話題の次が台湾の誠品書店が日本に進出したという話題だったんですけど、はからずもそれも象徴しています。「中を確認できない」というのは、ああいう大型書店に行って、雰囲気楽しみつつ店内ぶらぶらしながら本と出会うイメージですよね。
僕が学生の頃、帰りに本屋に寄るのが習慣になっていました。柏には駅前に大きな本屋さんがありましたし、漫画専門店もあった。まさに上記のような散策をしつつ、気になる本を見つけていました。
でも、書店数はピーク時からすでに半分以下になっています。書店なし自治体が2割以上あるということが以前話題になりました。書店が減る分、大型店に集約されていく流れが見えるので、大きな駅の駅前店、ロードサイド店になっていっていると思われます。
つまり、日常使い商圏としてカバーしている人口が減っている。僕の学生時代のような読書経験をできる人自体が減っているということです。実際、出版物の売り上げに対して書店のシェアはもう6割以下です。
書店文化というのは都会人の贅沢になりつつあるのではないか、と思うんですよね。
さらに、出版物売り上げの2本柱は雑誌と漫画でした。雑誌の方は情報流通のメインストリームがネットに移って壊滅しそうになっています。漫画は逆にうまくデジタルシフトできた雰囲気。電子書籍の売り上げが、紙の本を上回りました。どちらもリアル書店にはダメージなので、この書店数が減り都会人の贅沢となっていく傾向はさらに進むのではないでしょうか。
さらに言うと、こういう時の「本」というのはジャンルも絞られていると感じるんですよ。そもそも、講談社は漫画ですでにフィルムパックを先行させていたとのこと。ですが、その時にそんなに異論が出なかったのは、すでに本屋さんが漫画の立ち読み防止でビニールかけるのが普通になっていたからです。
ビニールがけ自体に異論がなかったわけではありません。僕も最初、中が確認できないの不便だなあと思っていました。でもそれは「この巻をもう買っているのかどうか確認したい」という話。漫画は雑誌連載で出会いがあるので、買うかどうかの部分はクリアしている。なので、本屋さんもビニールかけて中を確認できなくしても大丈夫だった。
漫画のデジタルシフトがうまくいっているのも、それに関連しています。「漫画サイトで連載して単行本化」の流れが、うまく回るようになったということです。買うかどうかはすでに決まっているのです。
さて、ではなぜ今回こういう批判がバズるのかと言えば、漫画以外の本の売れ方が、書店文化に依存していたからではないかと思うのです。買う方も、本屋店頭で中を試し読みして買うという行動パターンが念頭にある。
そしてですね、自分に関連していてまずいなあと感じたのが、その部分なんですよ。なのでこんな長々書いているのです。
小説が、まだそこから抜け出し切れていないのでは。
僕はエンタメ側の書き手なので、都会人の贅沢という読者を絞り込む形はあまり歓迎できない。広く読まれる形であってほしい。確かにリアル書店の本をプレゼンして買わせる力はすごいなあと思うんですけど、それはもう一部条件のいい地域でしか維持できないので、それ以外でどう出会うかを考えなくてはいけない。なのに、漫画では問題にならないものが文庫で問題にされているんですよ。やばいですよ。
なろう小説が一大ジャンルになったのは、漫画サイトと同じサイクルができているのが関係していると思います。すでに人気で、読んでいる人たちがいる作品が書籍化されている。小説の投稿サイトは他にもあって、他ジャンルのものも載っているので、そちらでもそういう形が主流になってくれると安心。はよなってほしい。
そしてできればそこからさらに進んで、自分好みの作品とうまく出会える仕組みが、ネット上にできてほしい。
ただなあ。児童書の道のりがさらに長そうなんだよなあ。こういうことばかり言ってるデジタルシフト歓迎派の僕の主戦場が、一番縁遠そうなところというのがつらい(>_<)
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