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2019/09/16

執筆者サバイバル・描写くどい問題

9/7のトークイベント「激動の時代の翻訳者・サバイバルガイド」の記事を先週上げまして

そこでも書きましたが、イベント終了後に登壇者の堀さんとHON.jp理事長鷹野さんと、ご飯をご一緒させていただいて。

そこで非常に興味深い話がたくさんあり。

それが、今ちょうど自分が考えていることと重なっていまして、かなり触発されましたので、本日から3回にわたって、その点について書いてみようと思います。

いろいろお話している中で、描写の長さが話題に上がりました。

最近ツイッターで話題になっていました、「下手な人ほど描写がくどい」というやつ。ご飯を食べに行く前にも、鷹野さんとちょっとその話になってた、かなり賛否を巻き起こしたホットトピックスです。

描写がしっかりしている面白さもあるのにという話になってたのですが、僕はこれに、ちょっと別の視点を持っています。これが本日のテーマ。

これは小説の正しさの問題ではなくて、ジャンル、そして最適化の問題なのではないかという視点です。

例に上がっていたのは、異世界転生系のお話。それも含めた、いわゆるなろう系と言われるファンタジー小説は、わりと描写が少なめです。それに対して、古くからあるファンタジー小説には、かなり世界を書き込んだものがある。

これが比較されて語られたりしてますが、実は二つは別ジャンルで、楽しみどころが違っているのではと思っているのです。

前者の系統の作品の舞台は実はみんながよく知っている世界、暗黙の共通ルールでRPG風の世界観がベースになっています。そこはもうみんながよく知っているので、説明不要、描写不要になる。一言書けば、みんなの頭の中には同じイメージが湧いてきます。

そして逆に、みんながよく知っているからこそ、一つ違うところを作ると、そこがとても目立つ。みんなが知っているその先で、どううまくひねってみせるかという、センスの競争になっています。

そのうまい例として話題に上がっていたのが、転スラ、『転生したらスライムだった件』の冒頭です。転生して勇者になるなら普通だけど、そこでスライムという一ひねり。その一ひねりを支えているのは、ドラゴンクエストのイメージです。青くて丸くてぷよぷよしている。そして能力的にはモンスター中最弱。だから「あれおかしいぞ、俺は何になったんだ?」(転生自体には説明がいらない)「うわあ、スライムだった!」(スライムだと何がまずいのかの説明もいらない)という出だしで、読者はOK。読者が求めているのは、常識と思われている展開を微妙に外してみせる意外感と、そこから活躍するカタルシスです。

ですがトールキンの『指輪物語』を初めとする、いわゆるハイ・ファンタジーといわれるジャンルであれば、舞台説明をどうするかは非常に重要な項目です。なにしろ、作家が書くまで、そこに世界がありません。当然、世界観をしっかり伝えるために、けっこうなスペースが必要となります。そしてその部分をどう魅力的に書き、知らない世界を覗き込むわくわく感が作れるか。そこが最初の焦点になってきます。

知らない世界に想像の翼を羽ばたかせたい、行ったことのないところ、行けるはずのない世界に没入してみたいと、読者が求めているからです。

ということで、同じファンタジーという言葉でくくられているけれど、この二つは別のジャンルで、別の目的でお客さんが来ている、両方読んでる人はいるだろうけど、読者層は完全には重なっていないのではないかと思うのです。つまり、ジャンルと最適化の問題で、どこまで書くべきかという答えが違ってきているというわけです。

そしてこの状態は、実はなろう系のファンタジーとハイ・ファンタジーの間だけで起きているわけではありません。この二つは読者層がくっきりと分かれていそうだったので例にしましたが、実際には他の各ジャンルの中でも、何を求める読者に対して書いているかという点で、判断が違ってくるのです。

例えば、僕はSF好きですけれど、SFの中でもどこまで書くべきかという問題は存在します。今までの積み重ねで暗黙の常識になっているので、書かなくてもいいことが存在する。宇宙戦艦ヤマトの最初のアニメであれば、ワープする前にブリーフィングの形で理屈を説明するシーンが必要でしたが、今ならいらない。ワープという名前が使い古されてるなーと思えば、適当にそれっぽい名前をつけておけば読者が察してくれるわけです。

ただ、暗黙の常識のレベルが高くなればなるほど、新規参入の敷居が高くなります。SFの場合は、まさに古参読者と新規読者という形でよく問題になっている気がしますね。

初めて読む読者にすれば、その部分で何が起きているのかよくわからなくなってしまい、いまいち物語世界に入れなくなる。ところが、そこの説明は、ベテランにとっては蛇足。そこは読んでもつまらない、まさに「描写がくどい」ページになる。普通は、まず手に取ってくれるであろう古参ファンに合わせて、飛ばしてしまいます。

ですが、僕はわからなくて疎外される読者がいるのが嫌なので、説明したくなるタイプです。それはセンスいい、先端っぽい作品を書くにはじゃまになります。ずっと自分の足を引っ張っていた。でも、児童書でデビューするときには、違っていました。SFファン以外の人も読めるように書かなければいけないので、プラスに作用したのです。

そう考えると、ここをどれぐらい書くか、どのようにコントロールするかというのは、ジャンルと最適化ということだけではなく、実はどんな読者に来てもらいたいかという、マーケティングも含んだ問題なのだと思います。

さて、マーケティングを含む問題なのだと定義したところで、さらに掘っていくと、昨今のコンテンツ事情も当然影響しているだろう、という点に行きつきます。

ということで、次回はそちら。

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