売りたいと思うなら
昨日、方針を考えるときに可能性の枝を剪定する、という記事を書きましたが。
その枝の、わりと根元のほうに、「売るか売らないか」という選択肢があると思うのです。
「ぼろもうけしたいのか、そうではないのか」という意味です。
ぼろもうけというレベルで売りたいと思うなら、本気にならないといけない。
本気になって、作品のすべてにおいて、そのための手を尽くさないといけません。
ジャンル、題材、キャラクター、エピソード、描写……ありとあらゆるところで。
すると少なからず、別のこととバッティングすることがあります。その手を使ってしまったら、こっちを表現することがもうできない、という瞬間です。
例えばですね、漫画でもラノベでも、チートな主人公がいるじゃないですか。チートをうたってなくても、実は連戦連勝だったりすることが多い。あれはやっぱり勝つ方が気持ちいいからですが。
現実はあんな簡単に逆転できないわけですよ。何度も何度も挑んでははじき返され、同じ方向を向いていた仲間がどんどん挫けていなくなり、それでも最後勝てるかわからない。そこを徹底的に書いて、現実に負けない本物の逆転劇を書こうと考えたとします。
がんばればがんばるほど、人気なくなると思うんですよ。途中がつらすぎて。
でも最後までついてきた読者にとっては、他では見られないすばらしい作品ですよね。
人がやらない大きな挑戦をして作品の価値は高いけど、それと人気はイコールじゃない。そういうケースは他にもいくらでも考えられます。
ということで、最初のほうの枝に、「売る売らない」、「ぼろもうけを目指す、目指さない」があると思うのです。何を書くかの時点で、すでに有利不利がある。
特にセルパブでは、それをすべて自分で選んでいくわけです。実は自分で、売れないように、つまり大多数ではなく特定の人に向けての最善を選んでいる、ということが起きる。
そこを飲み込んで書かないと、理想と現実のギャップがひどくなるので、自覚的でありたいと思うのです。
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