需要と供給の組み合わせ
先日のブログに書いたビームの記事とリュウの記事。根底にあるのは、マーケティングとプロモーションの問題です。ということで、本日はそれについて考察してみます。
マンガにしろ小説にしろ、嗜好品なので、読むかどうか、買うかどうかは好みの問題です。そしてそこは読者により千差万別。みんな好きな物を読めばいいんだよ、という話なのですが。
そこにビジネスが乗っかってくると、好みにもそのポイント、ポイントで人口密度があるので、どこなら食べられるかという問題になってきます。
すると需要と供給の組み合わせとしては、以下の3パターンが考えられます。①多くの人が読み、多くの人が書く。②多くの人が読み、少ない人が書く。③少ない人が読み、少ない人が書く。
①の「多くの読者、多くの作者」はメジャーな作品ジャンル。幼少時まず読者として始まり作者へと育つので、需要の大きい、好きな読者が多いところには、書きたい人も多い。
組み合わせ的には、④少ない人が読み、多くの人が書く、というパターンもありますが、この理由の逆で省いています。読者の少ないところで多くの書き手は育たない。旨味もないからわざわざ外から来る人もいない。結果③に収束。
さてこの①は人気があるので売れるポイントです。ただ、書き手が多いので競争は激しい。読者の時間は限られているので、読める作品の数は限られます。書き手が、読者から必要とされている人数を上回ってしまうのです。
さらに売れるだけに、本来好きではない人が儲け目当てに参入してきて、さらに競争は過激になります。水面下では屍累々の、レッドオーシャンになっていたりします。
売れるということがはっきり目に見えているので、書き手の心が弱っているときにはついふらふらと引き寄せられてしまいますが、気をしっかり保つことが重要です。魂を売っても救われない、地獄の道が待っています。
逆に、ここが好きだと胸を張って言える人は、ある意味才能に恵まれた人なので、まず堂々と覇道を突き進むべきです。
②は取りこぼしのパターン。読者から作者が育つのですが、若干偏りが生じます。
書き手になるような人は、小さい頃から落書きが好きだったり妄想癖があったりする人です。すると内向的、内省的だったり理屈っぽかったりと、世間全般の中心と作家集団の中心は少しずれ、書き手が偏って供給に濃淡が生じます。
またさらに長くその状態が続くと、読者の偏りも生じます。ある人たちにとっては自分好みの物が売っていない場所という認識になり、そちらの情報をチェックすることもなくなります。
そうするとそこには読者がいないように見え、でも本当は潜在的な需要がある。つまり、うまくやれば売れる場所がどこかに隠れている、ということです。
一つわかりやすく、あるのではないかと感じているのが、「他の表現形式ではよくあるのに、こちらではあまりない」ものです。
自分が考えているのは、「燃える児童文学」。僕は少年漫画が好きで、特にスポーツ漫画はスポーツそのものも好きなのでよく読むのですが、小説だとあまり見かけない。小学校高学年男子はあまり本を読まないと言われるのですが、案外こういうところに男の子の潜在需要がありそうな気がする。
他にもいろんなポイントが取りこぼされているのではないかと思われ、狙いどころがあるのではないかと思います。
ただ、一度「自分好みのものがない」と思われて、その人たちの足が遠のいているので、呼び戻して読んでもらうには、時間も手間も覚悟しないといけないでしょう。
そして③。ここがいわゆるマイナー、ニッチと言われる場所。ただ、読者の側から見た時には、ちょっと話が変わってきます。
読者はみんな自分好みの物が十分に欲しいと思っているわけですが、供給には偏りがある。前述のとおり、そもそもの書き手が少ない場所が存在します。
つまりここの読者は、自分ではどうにもならない好みの問題で冷遇され、いわば愛に飢えているのです。
ということは、ここに向かって書かれた作品は、読者にとっては替えの利かない貴重な物になる。もし最初のハードルを越えることができれば、長く売れるロングセラーになるでしょう。なにしろ、いつまでたっても、競合相手が来ないからです。
しかしこの最初のハードルが、リュウの記事で書いたとおり厳しい。読者=読んだことのある母集団×好みの人口密度で、人口密度が薄いここでは母集団を多くしないと十分な読者が得られないからです。
そういう点でプロモーションについて深く考えないといけない場所です。
逆に、個人出版においては重要な場所になるとも言えます。採算を取りづらいなら、商業出版の強大なライバルがやってこないからです。
多くは売れないこと、それでも書き続けることを覚悟した人には、ブルーオーシャンとなる可能性があり、今後の発展が望まれます。
ということで、3パターンに分けて考えてみました。実際には、売れる売れないのボーダーラインはどこだとか、好みのポイントと言ったがどれぐらい細分化するのかとか、いろいろ細かいことがあるのですけれども。
自分がどこに向かっているのか、誰に向かって書いているのかはとても重要なので、自分の活動でもしっかり考えていきたいと思います。
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