作品と人気取り
漫画家の友人達と、「好きなものを描くんじゃなくて、うけないと仕事続かないんだから、もっと欲望に忠実に……」みたいな話になったのです。
それを聞きながら、僕は昔読んだ本宮ひろ志先生の自伝を思い出してました。
「最近の若いマンガ家達は、人気を取ることばかりに気を取られ、作品を作ることを忘れている」
手塚賞の受賞パーティで、手塚治虫先生が発言された。
その後私がマイクに向かい、選考結果を発表することになっていた。
「マンガにとって一番大事なことは、人気を取ることです」
満場、サッと空気が冷めた。
「同じ作品が、人気を取れば光り輝く……。人気がなければくすむ」
背中に手塚さんの目線を感じる。
「ガキのマンガ家も、人気を取れれば、自分の能力以上にバケられるんだ」
手塚さんは、それ以降、私の目を見てくれなくなった。
同じような話。
永遠のテーマですよね、これ。たぶんずーっと繰り返し、どこかで話されてると思うんですよ。
僕はどちらの立場を取るかと言えば、断然手塚先生の側なのですが。
ただこの本に書かれている、本宮先生の漫画の作り方を読むと、実は二人は同じ事をしていたんじゃないかと思うのです。
本宮先生は、ちばてつや先生のファンだったそうですが、自分とちば先生は違う人間だと気づき、「男一匹ガキ大将」で成功しました。それまでの漫画の主流とは、だいぶ違う作風です。
さらに奥さんの助力を得て、少女漫画の要素も取り入れ(硬派銀次郎)、さらにその少女漫画タッチのかわいい女の子を脱がすという、実は現代エロ漫画の礎を作ったりもしました(俺の空)。ところがそれを、雑誌がエロ異存になっていると気づくと、ぽんと脇に置いて新連載を始めたそうです(サラリーマン金太郎)。
この時、わりと周りは懐疑的な中で、自分の感性を押し通しています。
人気を取るという言葉に、僕がネガティブな反応をするのは、そういう事を言っている人は、アンケート見て、他の人気作品を分析して真似て、読者に迎合して……と受身になってしまい、その結果作品が二番煎じでつまらなくなるのでは、と思っているからなのですが。
本宮先生は受身どころか、むしろ先手を取る発想。自分本位です。
手塚先生は、「長編漫画を描くなら、何か一つ、自分なりの新しいことを入れなさい」という言葉を残しているのですが、本宮先生の作品はまさにその状態です。
お坊ちゃん育ちで医学の博士号を持つインテリの手塚先生に対し、下町出身中卒の、いわゆるDQNの本宮先生。育ちも性格も真逆なので感性も真逆。
なので出来上がった作品も、まったく真逆に見えるのですが、そういう部分、作り方の根本は、実は同じような気がします。
結局、読み手の側からすると、笑いでも泣きでも燃えるでも萌えるでもいいけど、とにかくツボをびしっと押してくれたら面白いと感じるわけですよね。
ツボをびしっと押すためには、そのツボを描き手がしっかり理解していないとだめ。
となると必然的に自分が詳しい所で勝負する方が、ツボにぴたっと当たる確率が高くなり。
売れる事を考えて他人の価値観ばかりに目が行くと、逆にツボを押してない売れない物ができあがるリスクが高まるわけです。
人気におびえて腰が引けたらだめで、自分が作品の主導権を取れ、ということなのではないでしょうか。
特に、情報流通のチャンネルが増えて、昔より雑誌は部数を減らしTVは視聴率が下がり、それでSNSが発達するという今の条件下だと、ネット上の口コミの重要度が増すわけですが。
「これ、面白いよ!」と人に伝えたくなるって、けっこうハードル高いので、びしっとツボを押してるかどうかが、やはり重要度が増してくるのではと思います。
あとは描き手のタイプとして、テーマ性のある作品の側から掘るのか、エンタメの作品の側から掘るのかということで。
探しているお宝は、同じ所に埋まっているような気がしたのでした。
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