獣の奏者 外伝 刹那
獣の奏者 外伝 刹那 上橋菜穂子
降臨の野で王獣を使ったエリン。その場でエリンを救ったイアル。イアルのことが気になるエリンは、ラザル王獣保護区で王獣の病の原因を調べている間に、<堅き盾>の役を降りて指物師として暮らし始めたイアルの元をたびたび訪れる。
やがて二人は結ばれ、エリンは子を宿す。しかし、身重の身体で無理をしたことがたたって、エリンの初産は難産となって……。
二巻と三巻の間、二人が結ばれる様子を書いた短編で半分、エリンの師、エサル師の若き日の恋を書いた短編でもう半分。
上橋先生の精霊の守り人のシリーズも読み始めていて、その感想で、このシリーズは「思い通りに生きられない人たち」がテーマになっていると書きましたが。
考えたら、獣の奏者もそうだった。エリンは王獣に関わったことで、その運命が決まってしまって、子供一人作るにしても、生まれたとたんに自分の運命に巻き込んでしまうことについて悩むのです。
さらにエサル師も、この世界の身分制度にぶち当たりながら、思い通りに生きようともがいた人で、その恋も悲恋だし。
これは頭で考えたテーマではないな、と思いました。
物語にテーマが必要かというと、難しいところです。なくても上手く話を転がせば面白いし。
でも僕は、面白い作品にするにはテーマは必要だと感じています。
矛盾しているように見えますが、テーマの意味がちょっと違うのです。
テーマというと「人生とは」みたいな大上段に哲学的なもの、という硬いイメージがありますが、そうとは限らずに、作者の書きたいもの、という広い意味で。その作品を書く動機、そのシーンを描く理由。それがその作品のテーマ。
主人公がかっこいいでも、ヒロインが可愛いでもいい。重要なのは、本人から染み出たものであること。いつも気になってて、考え抜いたものであること。そういう想いは、作品に奥行きを与える。
逆に、与えられたもの、理屈で考えて取ってつけたものは、テーマっぽいけど、必要じゃない。
頭で考えたんじゃなくて、心からそう思うこと。そういうものが大切だと思うのです。
そういう点で、これだけはっきり作品群にまたがって出てくるということは。
話の展開考えててそういうふうにした、というよりは、常に思ってることなんじゃないか。
運命に翻弄される、でもくじけずに一生懸命生きてる、でもちょっと物悲しい。そういう人とその生き方を尊いと思ってて、こういう話なんじゃないだろうか。
そして、そのとおり、ちょっと物悲しいお話なのです。ラストに小さなジェシとエリンとイアルのとても幸せないいシーンがあるのですが。
この後何が起きるか知ってるわけでー……。
この小さな幸せが、いかに尊い物なのかということが、切々と胸に迫ってくるのです。
最後の「……これで充分、と思った。」に、別の意味まで重ね合わせてしまうのですよ。
何で「……」がついてるのさ! あの間で物語全体を思い起こしちゃうじゃんか!
切ないなあ、もう。
ため息出ちゃうぐらいの作品でした。
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コメント
私はエリンとイアルが好きすぎて
獣の奏者を読み終わった時には
一人でストーリーを捏造して
しばらく妄想していたほど。
でも、物語としては必然の結末でしたよね。
私が映画でも本でも漫画でも
一番感動するのは
「ああ、この人はこの作品を作らずにはおられなかったんだな」と
感じる時。
それはもちろん、強制されたという意味ではなく
自分の中から湧き出てくる強い思いという意味で。
メッセージ性が強くても
作り手の切実さが伝わってこないと
心は動かされません。
本当に心揺さぶられる作品に出会ったときには
すごくステキな人と出会ったのと同じくらい
幸せになります。
子供達にもそういう幸せを感じて欲しい。
投稿: まきまき | 2011/09/01 12:31
別にマーケティングに沿った企画物でも売れる時には売れるんだけど。
人の心を揺さぶるとか、胸を打つとか、そうなってくると上っ面の言葉では魂までは届かないと思うのです。作者から湧き出た本気の言葉じゃないと。
あの「……」は書き手としてはつけるかどうか考えるところだと思うんだ。
ジェシの姿を見ながら何を考えたか、ということだけじゃなくて、わが子の愛おしさ、それをかみしめている様子、心にじんわり広がっていく時間、そういうところまでこめられてるんだよね。
そしてそれを読んで、切なさにじたばたしてたんですよ。
投稿: かわせ | 2011/09/02 18:46