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2009/01/25

今週の雑感記 未来はどちらへ

立て続けにナベ先生の仕事に突入。現在在宅で宿題中。

ナベ先生のご近所では、インフルエンザが流行中の模様。

このまま行くと、うつりそうな……。

今年のおみくじ、病の項目があまりよくなかったんだ。気をつけねば。

ナベ先生と連絡とってやり取りする合間に、「Nano-matic」のページを手直し。以前ブログに載せたカットがあったので、それをつなげて展開わかるように。

今回は紙の本にしたけど、作品を発表する方法はいろいろある。さらに言うと、例えばケータイマンガで発表することもできるけど、ケータイの特性考えたら、今までのマンガの形にこだわらない方がいいんじゃないかとか。

考える事はいろいろあって、作業をこなしながら思案中。

こんな10年単位の大問題についても。

○ 未来はどちらへ

角川書店の青年誌、コミックチャージが休刊。創刊から2年足らず。

これ自体は特に何か感想があるわけではないのです。新創刊して上手く行かなくて休刊は、別に不況になる前でもあったことだし。

ただ、ちょうどそのニュースを、手伝い仕事先で知って。

仕事場で、そこから、漫画の未来ってどうなるんだろうね、という話題がしばし続いて。

すごく売れている先生でも、将来不安なわけですよ、今の状態。

たぶん、紙媒体は弱っていく。

ネット上のビジネスに移って行くんだろうけど、ただ、今のところ明確な形は見えていません。

ネット上のコンテンツビジネスって、ちょっと注意してニュース追ってるんだけど、どうもすんなり移行している感じじゃない。伸びてはいるんだけど、減ってる分を埋めきれてないみたい。

特に違法ダウンロードが問題なんですが。

ただ、これに関して思うところがあって。

違法合法って言うけど、法というのは、みんなの総意が土台にあって出来ているもので、別に物理法則のように世界に埋め込まれているものじゃない。みんなが変えようと思えば変わる。

今はこれまでの著作権法なんかに当てはめて、違法なんだと、作り手の側から言ってるわけですが。

もし、ホントに受け手のみんなが、ネット上の情報はただで当然、と思ってたら、それは結局最後には崩れる。

その結果お金が儲からないようになると、作り手はフルタイムプロフェッショナルではいられなくなるから、当然、新作は品質が下がるか数が減るかするけれど。

昔々、ロンドンの街角には、たくさんの牛が飼われていたんだそうです。搾りたての牛乳を売っていたから。でも産業革命時、汽車の発達で、近郊の大農場から朝搾った牛乳が届くようになると、それに負けて二十世紀初頭には、牛はロンドンの街からいなくなってしまったそうな。

僕はこの話を知った時、時代の変化に飲まれて街角から消えた牛さんが、漫画家のように感じてドキッとしたのです。この変化の結果、絶対、牛乳の品質は下がったはず。鮮度は下がるし、水増しされたはずだし。でもお客さんはそれぐらい構わなかった。そういうこともありえるなと。

新作の数が減ることにしても。

例えば交響楽団のコンサートは、昔の作品ばっかりでも、誰も困らない。もし漫画の名作を片っ端から全て読むとしたら、普段そんなに漫画を読まない人であれば、もう一生分のストックが世にあるかもしれません。実際ケータイコミックのサイトには、旧作がズラーッとあるわけだし。

そんなことを考えて、はー、とため息出ちゃうこともあれば。

もし、質が下がるのはよろしくないと、まあまあいい具合のところで総意が形成されて、ネットのビジネスが軌道に乗れば。

さらに技術の発達の恩恵を受け、作者とお客さんが、もっとダイレクトにつながるようになるんじゃないかなと。

そしたらもっと、自由に作れる。作品は、作者が好き勝手はじけてた方が絶対面白い。

好き勝手と書くとお客さんは無視かと取られちゃうかもしれないけど、そうではなくて。面白さには、個性とか新鮮さとかが大切で、そのために好きなように思い切りよくやっちゃった方がいいのです。それをお客さんに伝えるのは腕の問題。

だから、売れ線狙わなきゃビジネス成り立たないという圧力が少なくなればなるほど、作品の多様性は保たれて、世界は豊かになる。

そういうふうになったらいいなあと思ったりもするのです。

未来はどっちに行くんでしょうか。

 

難しいお題のあとは、いつもの感想文。

○ 紅牙のルビーウルフ 4 皓白の反旗
  紅牙のルビーウルフ 5 宝冠に咲く花
 (淡路帆希 富士見ファンタジア文庫)

ルビーウルフがグラディウスの女王に即位してから一周年。その記念式典が催された時。民衆にあいさつしようと王城のテラスに出たルビーウルフの前に、丸い光が現れた。その光から腕が伸び、神具<導きの剣>が奪われる。

隣国トライアンでも同様の事件が起きる。その術を使えるのは、ローラーティオーという島に住む<全知の書>を持つ一族という噂を聞き、ルビーはそこへ向かう決意をする。

外界から閉ざされた島のその一族と出会い、事件の黒幕を探すがなかなか正体は分からない。ようやく見つけたその人物は、みんなのよく知る意外な人で……。

副題は別になっていますが、前後編。図書館で借りて読んでるんですが、たまたま二冊同時に借りていて助かった。あんな所で引かれてしまって、手元に次の巻がなかったら、大慌て。

事件は解決しますが、神具にかんしては新たな展開。どうなるのかな。

さて、僕はよく、ラブコメなシーンがいいと感想文に書いてますが。

このシリーズでもところどころにそういうシーンがあって、今回も。

上の二冊で書かれる事件の筋と平行して、ルビーの心の奥底に眠る思いが流れています。自分では納得して女王に就いたつもりでも、昔の仲間と生き続けたかったという隠れた願望。

途中、そこを敵に突かれて幻覚を見るのですが、ルビーはその幻覚の中で、過去と決別し未来に生きる決意をします。

その未来の夢が、オチはぼかして書いてあるんだけど、読者には想像がつく展開。要するにジェイドとラブラブなんですねという。目覚めたルビーはそれを思い返して大慌て。

好きだなあ、こういうシーン、と思いながら読んでいたのです。

けれども、僕はラブコメなシーンは好きなんだけど、ラブコメ作品はそうでもない。それは以前から感じていて。

何でだろうと考えてみると、ラブコメ作品にはよくあるパターンですが、主人公がモテモテになるのが駄目みたい。

そうしないと事件が起きず話作れないから頻出するのですが、あれだと誰か泣く子が出てくるわけで。

あんまり真面目にその辺突っ込むと泥沼の展開になるし、コメディで済むぐらいの軽い扱いだと可哀想だし、なかなか処理が難しい。

その点、事件が別にある話の中に差し込まれるこういうシーンは、二人だけの関係でいいし、重すぎず軽すぎず、微笑ましく見れるから好きなんだね、と。「微笑ましい」がキーワード。

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