若さと才能①
おお、みんな10代だ!(←当たり前)
ジャンプで例のやつが発表になってました。ストキン炎、ネームプリンス部門。
若さ=可能性、若さ=才能、って事になると、遅咲きのオイラは苦しくなるから嫌なんですよねえ……。
世の中には、苦しくなってくると「若返りだ!」と叫ぶ輩がいて、それ、解決策に手詰まりになったから、考えるの放棄しただけじゃねーかよっていう事例がたくさんあって、そう言うとこは大抵上手く行かなかったりするんだけど、ざまーみろって言うか。
すいません、八つ当たり気味(笑)。
真面目に。
ジャンプには行ったことが無いので、雰囲気も分かんないし、実際の狙いどころも分かんないので、ネームプリンス部門は置いといて。単に、オッサンが愚痴るきっかけになっただけ、という事で(笑)。
嫌なのは。イコール、もしくはかなりイコールに近い扱いになってる風潮が、世の中にあることなんですよね。若けりゃ何とかなる、万事OK、みたいな。
こういうのの裏返しが、年齢いってるとムリ、という事だから。
何が出来てたら可能性があって、なにが出来てたら才能があるのか。そこのとこが問題だと思うんですよ。
中にはいますよね。本物の天才。人が十年かかるとこを、一年で習得するやつ。そういう人に対しては、ほんとに凄いですねと、尊敬のまなざしなんですが。
それに対して、天才風味の人、というのもいるわけですよ。「風味」だから。本物じゃないから。
これは、「若くしてこれだけ描けて凄い!」というケースの中に、ほんとに漫画が好きで、既存の漫画の影響を色濃く受けていて、いろいろ見てきた物を組み合わせることによって、クオリティが上がっているケースが、あるからです。
影響が見えるのが悪い、という事ではないです。絵の処理の細かいとことか、リアクションのパターンとか、台詞回しとか、見てきた物の中から、無意識のうちに解決策を拾ってくるのは、むしろ普通のことだから、それはいいんですが。
組み合わさってるだけで、オリジナリティゼロだと問題。そういうのが、天才風味の人。
最悪のケースでは、完全にそれはパクリでしょう、という場合も。ところが恐ろしい事に、そういう物に対して目先の利益に目がくらんで、賞を出したり、連載あげちゃったりする事もあるんですよね。
絵も話も、名前が一文字違いというレベルの完パク、それで連載取る時は絵柄変えるという、それ確信犯じゃん! というケースを見かけたときには、憤りましたなあ。
長くなってきたので、才能についての考察は、また明日。
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