« 練習試合vs亜細亜大 | トップページ | 若さと才能② »

2006/03/16

若さと才能①

おお、みんな10代だ!(←当たり前)

ジャンプで例のやつが発表になってました。ストキン炎、ネームプリンス部門。

若さ=可能性、若さ=才能、って事になると、遅咲きのオイラは苦しくなるから嫌なんですよねえ……。

世の中には、苦しくなってくると「若返りだ!」と叫ぶ輩がいて、それ、解決策に手詰まりになったから、考えるの放棄しただけじゃねーかよっていう事例がたくさんあって、そう言うとこは大抵上手く行かなかったりするんだけど、ざまーみろって言うか。

すいません、八つ当たり気味(笑)。

真面目に。

ジャンプには行ったことが無いので、雰囲気も分かんないし、実際の狙いどころも分かんないので、ネームプリンス部門は置いといて。単に、オッサンが愚痴るきっかけになっただけ、という事で(笑)。

嫌なのは。イコール、もしくはかなりイコールに近い扱いになってる風潮が、世の中にあることなんですよね。若けりゃ何とかなる、万事OK、みたいな。

こういうのの裏返しが、年齢いってるとムリ、という事だから。

何が出来てたら可能性があって、なにが出来てたら才能があるのか。そこのとこが問題だと思うんですよ。

中にはいますよね。本物の天才。人が十年かかるとこを、一年で習得するやつ。そういう人に対しては、ほんとに凄いですねと、尊敬のまなざしなんですが。

それに対して、天才風味の人、というのもいるわけですよ。「風味」だから。本物じゃないから。

これは、「若くしてこれだけ描けて凄い!」というケースの中に、ほんとに漫画が好きで、既存の漫画の影響を色濃く受けていて、いろいろ見てきた物を組み合わせることによって、クオリティが上がっているケースが、あるからです。

影響が見えるのが悪い、という事ではないです。絵の処理の細かいとことか、リアクションのパターンとか、台詞回しとか、見てきた物の中から、無意識のうちに解決策を拾ってくるのは、むしろ普通のことだから、それはいいんですが。

組み合わさってるだけで、オリジナリティゼロだと問題。そういうのが、天才風味の人。

最悪のケースでは、完全にそれはパクリでしょう、という場合も。ところが恐ろしい事に、そういう物に対して目先の利益に目がくらんで、賞を出したり、連載あげちゃったりする事もあるんですよね。

絵も話も、名前が一文字違いというレベルの完パク、それで連載取る時は絵柄変えるという、それ確信犯じゃん! というケースを見かけたときには、憤りましたなあ。

長くなってきたので、才能についての考察は、また明日。

|

« 練習試合vs亜細亜大 | トップページ | 若さと才能② »

日記・つぶやき2006」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46606/9085839

この記事へのトラックバック一覧です: 若さと才能①:

« 練習試合vs亜細亜大 | トップページ | 若さと才能② »