偏屈じーさん
誉めるのって、難しいよねえ、という話。
「誉めるのが下手だ」と言われる時があります。
その通りです。
これはある種の病気です。
永らく漫画修行をしている間に、身についてしまった習慣病。
自分が感覚のままに描いていても駄目なんだ、というのは割りと早くに気がつきました。センスないな、と。ナベ先生とか、西川先生とか、身近に常人離れした感覚の持ち主がいたから。
ナベ先生の思考の跳び方は、絶対まねできないと思ったし、西川先生がオイラのネームを見て、例えばここがこうなって、と手本を描いてくれた時に、サラサラッと描いた絵がばっちり決まっていたりして、ああこれは感覚からして違うんだな、と痛感したし。
じゃあ、どうしよう、となった時。
センスで描いても駄目なら、理詰めで考え抜いて、身につけるしかないな、と思ったのです。
そこで、物を見る時、ずーっと考えながら見る習慣付けを自分に。今のが伏線でここの所で回収して……というような事を、分析しながら見るのが当たり前になりました。
ところがこれの反作用で。
例えば10のポイントのうち、9まで良くても、残りの1が気になっちゃう。ここをどうすると、もっと良くなるか、という事を考えるのが習慣になっちゃっているから。人に感想を聞かれたとき、そこが一番気になってるもんだから、つい、そのポイントから喋っちゃう。
そうすると、人には「つまんなかったのかな?」という印象に。実際はそれ以外はOKで、かなりの高得点だから、そこで「つまんなかった?」と聞かれれば、「いやおもしろかったよ! ここがああでそこがああで……」と喋りだすんだけど、普通会話ってそんなに続かないから。それじゃ会話じゃなくて、討論会だから。
ついこの間もあったんですよね、そういう事(笑)。
結果、文句ばっかり言ってる、偏屈な人、という事になってしまうのです。
まあ、そういう評判が立ってるだけなら、別にいいんだけど。最近、まずいなと思うのが。
本人に対して、感想を言う時。
前はナベ先生の仕事場にいたから。ナベ先生が誉めるの得意なんですよ。
しかも、普通先生に見せて意見を聞いてから、他の人はどうですか? と感想を求められるので、「ここはこうしたら?」と補足的に言えばよかった。
ところが今だと、マンツーマンになってしまうので。
ちゃんと全体的な評価からしないと、向こうに間違って伝わっちゃう。いい所がたくさんあるのに、まずいとこから喋りだすと、「そんなに悪かったのか……」と、本意ではない受け取られ方をしてしまう。
偏屈じーさんとオイラが言われるだけなら構わないけど、人を迷いヶ淵に追い込んで、人生狂わせるような事はしたくない。
というわけで、全体的に見て、誉めていい状態の物は、まずさらりと誉めないといけません。ところがこれが難しい。染み付いた行動パターンを変えないと駄目だから。
ある意味、このブログはリハビリ(笑)。
何しろオイラ、国民的大ヒットアニメ「千と千尋の神隠し」でさえ、まず問題点から語るからな。いや、凄く楽しめたんですけど。でも、あの映画、ちゃんとオチてな……(以下、長々と続くので略)
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